言葉の「質」を見据えるために

　中島国彦（早稲田大学名誉教授）

 　「言葉」についての考え方を根本的に見直す時代が、到来しました。スマホ全盛の時代で言葉が乱れ、確かなコミュニケーションも難しくなりました。普段から日本語の中に住んでいると、言葉についての感覚が鈍り、どうしたらより良い日本語の使い手になれるかについて、なかなか意識的になれないものです。まず、絶えず言葉をめぐっての「驚き」を体験し、「言葉」を通して心を躍らせることから始めてみましょう。言語体験は言葉の「量」が問題ではありません。言葉に隠されている真の「意味」は最初からあるのではなく、体験を通しておのずと生まれてきます。出会った言葉の「質」を見極める眼を養うこと、自分の感性にふさわしい生きた言葉を使えるようになることが、何よりも大事です。

　ＡⅠの生み出す言葉は、あるテーマに関して模範的なまとめはできても、何かが足りません。これからの若い人には、それを正しく使いこなす言葉の「質」への感覚が必要です。人間性を取り戻すための有力な場として、「国語」の授業が大切になります。さまざまな教材を通して、刺激的な言語宇宙に出会い、驚き、深く考え、時には言葉を投げかけ、自分から主体的に働きかける試みに挑戦してください。明治書院の教科書からは、多様な、深い力のある言葉の世界が見つかります。発見の喜びこそ、かけがえのない宝物なのです。

条理を兼ね備えた言葉

　渡部泰明（国文学研究資料館 館長）

　古典はただ古いだけの文章ではありません。多くの人々に支持され、受け継がれてきたものです。支持され、伝えられてきたのも、それぞれの時代の価値のより所となってきたからでした。どうしてより所になりえたのでしょうか。

　どの作品でもかまいません、明治書院の国語の教科書で取り上げた古典の文章を読んでみてください。人の情緒や情念にふかぶかと入り込んでいることが感じられるでしょう。けれど感情に流されてはいません。社会への冷静な観察や人間への深い省察が随所にうかがえるはずです。論理的骨格のしっかりした中国の古典を、漢文という形で日本文化に取り入れ、十分に消化してきた長い歴史も、それにあずかっているに違いありません。

　感情や情熱だけでは、なかなか確かなことは言えない。理屈や論理だけでは人の心の深いところに届かない。情理を兼ね備えた言葉だからこそ、長い年月にわたってしっかりとした共感を得てこられたのです。共感は交流を深めます。社会的な価値が生まれるのも、人と人との交流があってのことです。多様な価値観を認め合うべき現代だからこそ、いっそう古典は求められるといえるでしょう。

言葉の現在と漢文

　安藤信廣（東京女子大学名誉教授）

　国語の教科書は、世界に横たわる無数の問題に向きあってゆく若い世代の心に、豊かさを育てるものだと思います。その中で漢文の文章はことに、批判力と共感力の豊かさを育てるものと言えます。

　今、教科書に求められているのは、情報への入口としての役割です。一つの教材の読解をふまえ、関連する多彩な資料・情報を調べ、協働して問題を深めてゆく、その出発点としての役割です。その意味で、教科書は新しい世界に船出する港であるとも言えます。急速に進んでいる生成AIの技術も、情報の世界への重要な出発点として位置づけられます。同時に、AIを積極的に活用しながら、それをふまえて自己の認識を深めてゆく主体性が重要になってゆくでしょう。港は出発の場であると同時に、航海を済ませた船の帰港する場所でもあります。「国語」の教科書は、情報の世界への出発点であるだけでなく、情報を集約し総合して新たな主体を形成する帰着点でもあります。

　明治書院の教科書の漢文の文章を見ると、人間の生き方や社会のあり方を考えるうえで大切な視点を発見することができます。優れた表現を通じて自他の認識を深め、共感を広げてきたものです。漢文の他者を尊重した批判力、共感力は、世界中に広がっている言葉の現状を見るとき、大切な意味を持っています。情報を積極的に活用するとともに、主体的な批判力・共感力を培う古典として漢文を大切にしたいと思います。