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著者解説『新入試評論文読解のキーワード300』

【評論文読解のキーワード】近代(ヨーロッパ)

1-1-3 近代(ヨーロッパ)

——ここでは、ヨーロッパが豊かになることで、人間の意識がどう変わっていくか、をお話します。

 私たちが生きている現代は近代の一部です。
 ということは、ここでの話は私たち自身のことです。
 私たちにとって当たり前なことが、実は、近代の《豊かさ》の産物だと気づいてほしいと思います。

人間=主体

 そもそも、ヨーロッパが豊かで進んだ地域だというイメージは近代以降のものです。
 中世までのヨーロッパは、寒冷で痩せた土地が広がる地域でした。
 その厳しい自然を克服して、豊かになった時代こそ「近代」という時代です。

 今の私たちの生活が、どれほど豊かか、自覚していますか?
 しかもそれは、この世界にあるものを、人間が勝手に採掘して、加工して、利用することで成り立っています。
 じゃあ、何で人間だけがそんな生活を送れているのかといえば、、、
 それは、他の生物と違って、人間だけがそうできる賢さをもっているからで、、、
 要するに、人間は、賢いから、世界の支配者として好き勝手やっていい、という理屈です。

 その賢さのことを「理性」といい、自分で考え行動する存在のことを「主体」といいます。
 人間だけが理性をもつ主体として、世界を好きなように利用し支配してもいい、というわけです。
 それを視覚化したのがデカルト二元論です。

「個」としての私

 ところで、、、

 どこの大学に行きたいですか?
 将来、何を仕事にするつもりですか?

 家族や友だちの意見も参考にはするけど、最終的に決めるのは自分だと思っていますよね?

 そう。
 君は、自分のことを当然のように「主体」だと思っています。
 自分のことを一個の「主体」だと思うところに、「個人」という意識は生まれてきます。
 私たちは、当たり前に、自分のことを「個人」だと思いますが、「個人」という意識がこれほど浸透したのは、それほど昔ではありません。

 言葉自体が入ってきたのは明治時代です。
 が、まだまだ貧しかった日本では、実感のある言葉ではありませんでした。
 夏目漱石の『こころ』、やりましたよね?
 「先生」は、友人よりも、自分自身の恋愛感情を優先したことを思い悩み続け、最後に自殺してしまいます。

 君たちには信じられないことかもしれませんが、、、
 私がまだ幼い頃、1970年ごろでしょうか、隣の人がお醤油を借りに来たことがありました。
 この時代、助け合うのが当たり前の「社会の一員」という意識がまだ残っていたのです。
 でも、今、近所でお醤油の貸し借りなど、考えられますか。
 そんな人間関係、ありますか。

 では、本当に日本で「個人」という意識が浸透したのは、、、
 というと、1980年代以降でしょうか。
 それが、バブルといわれた、日本の経済絶頂期、つまり日本人が豊かになったという実感をもった時期と重なるのは偶然ではありません。

 自分のことを「個人」だと思う発想は、きわめて近代的なものなのです。

「国民」としての私

 小難しい言い方になりますが、、、
 社会が豊かになっていくということは、それまでのような「~家」とか「~村」という経済単位では足りなくなって、もっと大きな経済単位が必要になるということです。
 それが「国家」です。

 あなたは何人ですか?
 と問われると、「日本人です」とか「アメリカ人です」とか、たいていの人は国籍を答えるでしょう。
 でも考えてみると、住んでいる町の名前を言ってもいいし、都道府県名を言ってもいい。
 「横浜人」「東京人」、、、むちゃくちゃ収まりが悪いですよね。
 何ででしょう?
 きっと、私にとって大切にしなければならない社会単位が、都道府県や町よりも、日本という「国家」だからでしょう。

 現代に生きる私たちは、「自分はこの国の一員だ」という意識をしっかりもっています。
 が、この「国民」という意識は、近代に生まれた「国民国家」によって植え付けられたものです。
 島崎藤村の『夜明け前』という小説が97年センター試験に出ました。
 そこには、明治維新後の村人が日本国民という意識をまったくもっていないことを嘆く主人公の姿が描かれています。
 それが、今の私たちのように自然に「国民」だと思うようになったのは、明治以降の教育の賜物でしかありません。

 「個人」という意識と並んで、「国民」という意識もまた、近代的なものなのです。

進歩

 毎年、スマホの新製品が発表されます。
 それを聞いて、今のより、どこがよくなったのかな、と思いますよね?

 私たちにとって「進歩」することは当たり前です。
 だから、日本の経済が30年にわたって「成長」しないことが問題になるのです。
 この「進歩」や「成長」は、《豊かさ》のなかで生まれてきた発想です。
 むしろ、より豊かになることを「進歩」と言い換えたというべきでしょうか。
 私たちは資本主義社会に生きていますが、資本主義は、この「進歩」を前提に成り立っています。

 もちろん、より豊かになるためには、より進歩するためには、これまでになかった新しい工夫やよりいっそうの努力が必要になります。
 ここに、人間の「理性」とか「主体性」とかがちらほら見えることにも気づいてください。

 

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1-1-4現代


新入試評論文読解のキーワード300 増補改訂版
大前 誠司 編著
1,430円・四六判・328ページ

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著者略歴

  1. 大前 誠司

    1962年徳島県生まれ。東京大学法学部卒。
    一般社団法人学びプロジェクト(manabi-project.com)代表理事。
    現在、あざみ野塾/あざみ野予備校、あざみ野大人塾などを運営。

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