小川洋子「教科書の中の種」(書き下ろしコラム)
◇今回特別に、作家の小川洋子さんに「国語の教科書への思い」を書いていただきました。
ラジオ番組で、毎週一冊、文学遺産と呼べる本を紹介しはじめて十年以上が経つ。リスナーからの反響が大きいのは、例えば『枕草子』や『山月記』や『舞姫』など、教科書に載っている作品を取り上げた時である。放送をきっかけに、学生時代を懐かしく思い出す人もいれば、子どもとその作品について語り合う人もいる。また別の誰かは、久しぶりに再読し、学生時代には気づけなかった新たな魅力を発見する。
若い頃に出会った文学は、本人が思うよりずっと深く、記憶に刻まれているものなのだ、と思う。たとえその時はわけが分からなかったとしても、心のどこかに、何らかの種は残される。そして何かの機会に、ふっと花を咲かせる。長い年月、埋もれていたとは思えないくらい、みずみずしい花だ。
文学は読み手の心が整うまで、辛抱強く待ってくれる。誰も見捨てることがない。教科書の中に潜む感動の種は、ひっそりと、読み手に寄り添い続ける。
<教科書収録作品>
明治書院の教科書には、以下の3作品を収録しています。