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中国と日本の古典としての漢文(安藤信廣)

安藤信廣(東京女子大学名誉教授)

 『万葉集』、『源氏物語』、『平家物語』など、日本には優れた古典がひしめいています。そしてどの作品にも、中国の文学と思想、つまり漢文からの影響が指摘されています。しかし、影響を受けるとは、どういうことでしょうか。それは模倣と同じことなのでしょうか。

 もちろん模倣は大切です。人間が言葉を身につけるという根源的な事態が、すでに模倣にもとづいています。しかし、影響は模倣と同義ではありません。少なくとも、模倣に終始することではありません。影響を受けるということは、外からの刺激を受けとめて、自らの内部に秘められていた可能性を開花させることです。『万葉集』、『源氏物語』、『平家物語』などの日本の優れた古典は、どれもが漢文の刺激をそれぞれに受けとめて、日本語の持っていた可能性を開花させ、日本人の心のなかに潜在していた豊かな感性や思索を結晶させたものです。万葉の歌人も、源氏の作者も、平家の語り手も、それぞれに漢文の教養を我が物にして、新しい日本の文学を創造したのでした。日本文学が新たな出発をしたとき、漢文は日本の古典となったのです。

 明治書院の『言語文化』漢文編は、東アジア全体で受容されてきた古典としての漢文という位置づけの上に立って、何よりも広く知られている作品を中心に構成されています。そして漢文作品そのものの持つ力を重視しています。漢文の持つ深い知性と感性、表現力が、そのまま高校生の皆さんに届くことを大切にし、理解しやすい、しかし奥の深い作品を選んでいます。そしてその上で、漢文と日本文学との関わりを大切にし、「古典に関する文章」「漢文の窓」「参考」欄などで、日本の古典としての漢文の位置が見えてくるようにしています。もちろん教材にも、長く日本の古典として読み継がれ、豊かな知恵を日本人にもたらしてきた作品を選んでいます。漢文編の冒頭には、簡単な導入の文章を置き、中国と日本の古典としての漢文の位置づけを示しました。漢文は東アジア全体に影響を及ぼしましたが、そのことにも触れて、日本の内と外をつなぐ架け橋としての漢文の位置を明示しました。

 また日本漢文の作品として、分かりやすい江戸期の笑話や、ヨーロッパとの出会いを示す明治期の漢詩などを選び、漢文によって新しい世界を開こうとした先人の試みが分かるようにしました。それぞれの「単元の言語活動」では、主体的な活動を提案し、多様な発見の場となるようにしました。

 明治書院の教科書は、安心して手に取れる斬新な教科書をめざしています。先生方と生徒の皆さんが教室で安心して一つの教科書を共有できることは、授業の豊かな展開の基礎になると考えます。活発で積極的な討論も、その基礎の上に生まれるでしょう。生徒の皆さんが一人で読むときも、漢文の言葉に心動かされ、励まされる、そのような豊かさを持った教科書でありたいと願っています。

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著者略歴

  1. 安藤 信廣

    東京女子大学名誉教授。明治書院教科書編集委員。

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