教室からの報告『山月記』(3/全4回)
(神奈川県立翠嵐高等学校 榊原利英)※ 執筆者の勤務校は、執筆当時のものです。
一時限目の授業(導入)
[プリント1〈二つにして学ぶ漢字〉](注の内容を口頭で補足する)を使って、漢字学習について説明する。冒頭部分(「その後李徴がどうなったかを知る者は、誰もなかった。」二二ページ3行)までの漢字については、生徒に一緒に記入させる。冒頭部分を朗読し、語句を説明し、粗筋についてまとめておく。(中島敦や虎への変身物語であること等について、生徒の反応を見て、適宜説明を加える。)
[プリント1〈二つにして学ぶ漢字注1〉]/山月記 □読める漢字をふやす ▽読書で ▽読む習慣 □漢和・国語・古語辞典の使い分け注4 漢和辞典 |
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読み | 字義 | 熟語 |
才穎( ) | ほさき⋅すぐれる(=秀・英) | ※「潁」「頴」は別字 |
補す( ・す) | おぎなう⋅たすける(=輔)⋅官職を授ける | ホニン ホサ ホジュウ ホソク |
故山( ) | もと⋅ふるい⋅ゆえ | コキョウ コジライレキ |
峻刻( ) | 高くけわしい⋅きびしい | シュンショウ |
節 ( ) | ふし⋅みさお⋅くぎり⋅きまり | セッソウ テイセツ |
狂悖( ) | もとる⋅さからう⋅みだれる | |
叢 ( ) | ソウショ | |
驚懼( ) | おそれる | イク |
久闊( ) | ひろい⋅ひさしい | カッタツ カッポ |
愧赧( ) | はじる⋅はじ | ザンキ ※「忌憚」は別熟語 |
卓逸( ) | たかい⋅すぐれている・つくえ | タクエツ タッケン |
粛然( ) | つつしむ⋅おごそか | ゲンシュク シュクセイ |
憤悶( ) | いきどおる⋅もだえる | フンガイ フンヌ モンモン |
危惧( ) | あやうい⋅あやぶむ(惧=懼) | キキュウソンボウ キキイッパツ |
慙恚( ) | はじる⋅いかる | ザンキ |
暴露( ) | あらい⋅さらす⋅あばく⋅つゆ⋅あらわす⋅あらわれる | ボウゲン ロテイ ロコツ |
怠惰( ) | なまける | タイマン |
自嘲( ) | あざける | チョウショウ |
国語辞典 • 頻度の高い二字熟語(聞いたことはあるけれども書けない)の意味を調べる 狷介・茫然・帰臥・怪異・容貌・同輩・残虐・貧窮・倨傲・郷党・羞恥・慟哭・刻苦・畏怖嫌厭(以下、解答記入欄は省略した。) • 同訓意義の使い分け(二字熟語でその意味を覚える) 恃む⇒キョウジ 揚がる⇒ケイヨウ 懐かしい⇒カイコ 翻す⇒ホンアン 堕す⇒タイダ 懇ろ⇒ジッコン 哀し⇒アイシュウ 灼く⇒シャクネツ 還る⇒カンゲン 遺す⇒イセキ 哮る⇒ホウコウ • 用法ととともに知っておくべき語(短文を作ってみる) 歯牙にも掛けない・切磋琢磨・警句を弄する・焦燥に駆られる・膝を屈する・⋅⋅⋅⋅⋅⋅に甘んずるを潔しとしない |
注1:漢字を覚えるとき、熟語にしたり、別の音や訓を合わせて覚える。覚えることをふやした方が、より記憶に残って、かえって効果は上がる。
注2:生徒は、最初振り仮名のあった「李徴」「袁惨」が、すぐ後で読めなくなったりする。
注3:「辺り」を「まわり」と間違えたら「周り」を覚える。
注4:漢字熟語の意味は本当は漢和辞典で調べた方が詳しい記事があるということ。漢和辞典を引くには、総画数や部首索引は使わず、音訓索引の、できれば訓で引くこと。その字の訓で検索できれば、国語辞典を引くよりも早いこと、等を説明。
考えながら読む(二時間目以降の授業)(授業展開1)
○[プリント2〈考える李徴・李徴について考える〉]を配布して、授業の進め方を説明する。
○六つの段落を設定する。
Ⅰ 冒頭~「……知る者は、誰もなかった。」(二二ページ3行)まで
Ⅱ ~「草中の声は次のように語った。」(二三ページ13行)まで
Ⅲ ~「声は続けて言う。」(二六ページ2行)まで
Ⅳ ~「李徴の声は再び続ける。」(二八ページ3行)まで
Ⅴ ~「……暁角が悲しげに響き始めた。」(三〇ページ12行)まで
Ⅵ 「もはや、別れを告げねばならぬ、……」(三〇ページ13行)~結び
○朗読したⅠ段落には、李徴が行方知らずになるまでの過程が描かれている。そしてその説明の中に、この物語で考えるべき五つの要素(虎の姿となること・詩家となること・人との交わりを絶つこと・賤吏となること・李徴の考察外の観念や評価)が既に語られている。それに、「山月記」という題に関連して月の描写という要素を加えたのが、[プリント2]の表(学習を終え、完成したものを後掲する)である。Ⅱ段落以降の李徴の回想、述懐では、自分が虎になっているという異常な現実の認識にはじまり、なぜ虎になったのかという問いに対する、李徴の自己分析、自己弁護、自己批判が続くことになる。その内容を、読みながら、この表で整理しようとするのである。
[プリント2〈考える李徴・李徴について考える〉]/山月記 段落Ⅰの六つの項目について、後の段落で李徴はどのように言っているか、表に整理せよ。 |
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Ⅰ | 虎の姿となる | 詩家となる | 人との交わりを絶つ | 賤吏となる(妻子を養うため、やりたくもない役人の職に就いた) | 李徴の考察外の観念等 | 月 |
Ⅱ | 異類の身・あさましい姿をさらせない・畏怖嫌厭の情を起こさせる・醜悪な姿 恥ずかしい |
懐かしい旧友との隔てのない会話 | 残月の光をたよりに | |||
Ⅲ | (信じなかった・夢だ・茫然とした) 懼れた1〈どんなことでも起こるのだと〉 なぜこうなったか―分からぬ。 【答①さだめだ】 (さだめを受け入れず死を思う) 情けなく、恐ろしく2、憤ろしい〈己の残虐な行為、己の運命が〉 |
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夢の中で夢だと知っているような夢 何事も我々には分からぬ。 理由も分からずに押しつけられたものをおとなしく受け取って、理由も分からずに生きていくのが、われわれ生き物のさだめだ。 |
闇の中からの声 | ||
恐ろしい3〈人間の心が失われていくことが〉 虎となる⇓ ・「しあわせ」 ・そうなることを恐れる「しあわせ」 |
(完全に虎となったら) 故人(とも)さえ忘れてしまう |
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この上なく恐ろしく4、哀しく、切ない 〈人間としての心がすっかり消えることが〉 ※傍線1~4「おそろしさ」を言い換えて、李徴は自分の気持ちを説明する |
この気持ちは誰にも分からない 同じ身の上のものでなければ |
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いったい、獣でも人間でも、もとは何か他のものだったんだろう。 | ||||||
Ⅳ | あさましい身と成り果てた今でも 詩人になり損なって虎になった哀れな男 |
詩人面をしたいのではない 自分の生涯をかけたものを後代に伝えたい 虎となった今でも詩家として名をあげることを夢見ている |
自らをあざけるがごとく 青年李徴の自嘲癖 |
長短三十編の詩は、「格調高雅」「意趣卓逸」「第一流の作品となるには、どこか欠ける」(非常に微妙な点において) | ||
今の懐いを述べた即興の詩 | 李徴が生きているしるし=お笑い草ついでに | 粛然としてこの詩人の薄幸を嘆じた。(李徴の即興詩は人々の心を動かした。) | 残月、光冷ややかに | |||
Ⅴ | なぜこんな運命になったのか 【答②外形が内心にふさわしいものに変わった。】 |
詩人として名を成すつもりでいた | 努めて人との交わりを避けた⇓ ・臆病な自尊心 ・尊大な羞恥心 |
(反省の弁もまた警句を弄したにすぎない) | ||
詩に就いたり、詩友と交わったりしなかった。 俗物に伍することにも不満 |
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虎と成り果てた今、気が付いた 〈卑怯な危惧と怠惰が俺の全てであった(それでいて名声を期待した)〉 |
誰かに訴えたい | 人間は誰でも猛獣使いであり、その猛獣にあたるのが各人の性情だという。 | ||||
胸を焼かれるような悔い、悲しみ(それを人に訴える手段もない) | 詩を発表する手段もない | 誰一人俺の気持ちを分かってくれない | 人生は何事をもなさぬには余りに長いが、何事かをなすには余りに短い。 口先ばかりの警句を弄した |
月に向かってほえた | ||
Ⅵ | なぜこんな運命になったのか 【答③(妻子より己の詩業を気にかける)ような人間だから、獣に身を堕とすのだ】 |
己の乏しい詩業 | 自嘲的な調子に戻って | 妻子に死んだと告げてくれ 今日のこと(虎になったこと)は明かさないでくれ |
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今の醜悪な姿をもう一度お目に掛けよう(言葉よりこの姿を見てくれ) | (妻子のことに比べれば、己の詩のことなどとるに足らない) | この道を通らないでくれ(今度会うとき、もう友ではいられない) | 面倒をみてほしい(自分は妻子のため何もできない) | おれが人間だったなら(虎の中にある人間の心がもはや人間ではない) | 白く光を失った月 | |
全体を通して | →〈虎の姿は、李徴にとってどのような意味を持つに至ったのか〉 | →〈なぜ、李徴は詩人とはなれなかったのか〉 | →〈李徴は、人喰い虎として、罪もない人を喰い殺すことを、どのように思っているのか〉 | →〈李徴の妻子への愛情はどれほどのものだったのか〉 | →〈作者がこの作品で一番描きたかったことは何なのか〉 | →〈「山月記」という題名には、どのような思いが込められているのか〉 |
実際の授業では、指名する順番をあらかじめ決めておき、改行までの小段落を一人が朗読、次の一人がその内容を表に整理する(項目に該当する事項を抜き出す)という形で、授業を展開する。どの段落があたるかは分かっているから、生徒はあらかじめ、答えを考えておくことができる。また、予習などしなくても、本文の内容を抜き出すだけであるから、正解かどうかは別にして、生徒の答えが得られないということはない。生徒が抜き出してくれた内容が、何について、どのようなことを言っているのか、表への整理(横書きで板書するのが見やすい)を通して、クラスの生徒の理解を深めていくことになる。同じ作業が続き、やや退屈したら、[プリント3〈考えながら読む〉](後掲)を使って、今やっている「読み」について、補足説明する。
[プリント3〈考えながら読む〉]は、本来、B4縦で作成し、右から左へ読み進むと、本文の対句的表現に注意しながら、一つ一つの文章の内容がどのような要素を持ち、それらがどう組み合わされて文章全体が構成されているか見えるように作られている。設問は、対句的表現に気付かせるための問題である。余白には右図が描いてある。つまり、袋の中に五色の珠と珠でないものがたくさん入っている。それが珠であることを確かめ、その色によって球を分けていく。表に整理し、考えながら読み進めることは、ちょうどこのような作業にたとえられるのである。珠以外のものとは、例えば、段落の最後にある「草中の声は次のように語った。」のようなト書きともいえるような部分であり、また、月についての描写がそれにあたる。
[プリント3〈考えながら読む〉]/山月記 空欄( 1 )~( 5 )に入るべき語を次の中から選びなさい。【卑怯・尊大・自尊心・臆病・憤悶】また、( A )・( B )に入るべき内容を語群の語を参考にして作りなさい。 ○「なぜ虎になったのか」という自問への自答 ②「外形が内心にふさわしいものに変わった。」 |
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虎の姿となる | 詩家となる | 人との交わりを絶つ | 李徴の考察外にある(固定した)観念 |
なぜこんな運命になったか分からぬと、先刻は言ったが、しかし、考えようによれば、思い当たることが全然ないでもない。 | |||
人間であったとき、俺は努めて人との交わりを避けた。 人々は俺を倨傲だ、 ( 1 )だと言った。 実は、それがほとんど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。 もちろん、かつての郷党の鬼才と言われた自分に、自尊心がなかったとは言わない。 しかし、それは臆病な自尊心とでも言うべきものであった。 |
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俺は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交わって切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、 また、( A )←【俺・俗物・間・伍す・潔い・しない】 |
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ともに、わが( 2 )な自尊心と、尊大な羞恥心とのせいである。 | |||
己の珠にあらざることを懼れるがゆえに、 あえて刻苦して磨こうともせず、 また、( B )←【己・珠・なり・べし・半ば・信ずる・ゆえ・碌々とす・瓦・伍す・こと・できない】 |
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俺は次第に世と離れ、人と遠ざかり、 ( 3 )と 慙恚とによってますます己の内なる臆病な( 4 )を飼いふとらせる結果になった。 |
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人間は誰でも猛獣使いであり、その猛獣に当たるのが、各人の性情だと言う。 | |||
俺の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。 虎だったのだ。これが俺を損ない、 |
妻子を苦しめ、友人を傷つけ、 | ||
果ては、俺の外形をかくのごとく、内心にふさわしいものに変えてしまったのだ。 | |||
今思えば、全く、俺は、俺の持っていた僅かばかりの才能を空費してしまったわけだ。 | |||
事実は、才能の不足を暴露するかもしれないとの ( 5 )な危惧と、 刻苦をいとう怠惰とが俺の全てだったのだ。 |
人生は何事をもなさぬにはあまりに長いが、 何事かをなすにはあまりに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、 |
(続く)
第四回、「文章練習 三連戦(授業展開2)」「虎とならないでいる不幸(評価・おわりに)」。
※『山月記』(中島敦)は、『精選 文学国語』に採録しています。
虚構作品の人物描写と、漢文訓読体を取り入れた格調高い文体を味わう小説教材です。