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アカデミックスキルズの基礎—高大接続の観点から—(全7回)

アカデミックスキルズの基礎—高大接続の観点から—(第5回「対話の必要性」)

2023年3月31日に開催した、「明治書院オンライン研修会」の内容を、全7回の連載にまとめました。


第1回「自己紹介」
第2回「問題意識をもった切っ掛け」
第3回「書くことのベースライン(アカデミックスキルズ)」
第4回「書き方をどのように教えるか—1つの案—」
第5回「対話の必要性」
第6回「まとめ(対話から創造へ)」
第7回「質疑応答」


第5回 対話の必要性

 どうするかというと、まず「自分の考えを文章にまとめる」。どんな課題でも結構なんですけども、文章にまとめて持ってこさせます。前もってあるいは並行して、講義でライティングについて教えます。この講義で学んだ、「書くためのスキル」を用いながら文章を改訂していきます。まずは自分で書いて、その後、「他者の文章に対して、理由を示しつつ、建設的な意見を出す」ということですね。いわゆるピアレビューをして、さらに宿題として、自分の考えをもう一回文章にまとめさせます。それをまた持ってきて、またその間に講義で学んだ書くためのスキルを使って文章を改訂して行く、と。これをぐるぐる繰り返して、自分の文章がだんだん良くなっていき、知らないうちに書くためのスキルが体得できるということを行っています。

 このピアレビューを行う時には、相手のことを褒めつつ、そして理解・共感しながら行うというのが大切です。一番つまんないのはですね、誤字脱字を見つけて終わりっていう。そういうのは見なくていい。どういう考えなの?とか、ここで何言ってんの?とか。このパラグラフでどんなことが言いたいのか。今の説明をこのパラグラフにもっと入れたらいいじゃんっていうような、理解をしながら共感をしながらというのが、好ましいピアレビューの作業です。論文の査読などはすごく厳しい言葉でやり取りするんですけども、そうではなくて褒めながら理解しながら共感しながらいい文章を二人で作りましょう、みんなで作りましょう、ということですね。そういう作業をピアレビューというふうに理解していただきたいと思います。

 もう一つ、生徒さんには文章を批判されることに慣れてもらいたい。文章を批判されることは自分自身を否定されることではありませんと言うことを、まず最初に言います。ピアレビューのピアは仲間のことです。レビュー、批評するということですけれども、先ほども言ったようにあたたかく、というのが重要です。さらに、指摘されたからといって、必ずしも修正する必要はないんですね。高校生でも中学生でも、書いたものの著作権は著者にあります。これは重要なポイントだと思います。

 じゃあ実際にこのピアレビューはどういうふうにしたらいいのかということですが、そんなに難しいことではありません。二名組か三名組を作って、まず原稿を持ってきてもらって、原稿を交換して黙読します。その後、執筆者が音読します。ここの順番は逆にしてもいいです。音読してみると、もうこの時点でおかしな点にたくさん気がつきます。誤字も気が付きますし、主語述語が対応しないということも出てきます。次に、褒めることからレビューを開始します。悪いところから入ると、だいたいその後どんどん雰囲気が悪くなりますので、とにかく褒めること、ということは生徒さんに強調し過ぎてもし過ぎることはないと思います。最初は5分程度から始めるのがいいと思います。たぶん時間が足りないということになると思います。力がある生徒さんたちが集まっていれば、40分位までは延長することができると思います。この辺は授業時間との兼ね合いかと思います。あと細かい技なんですけれども、レビューする人が修正案を書くときには、青や緑のボールペンを使うと「上から目線」が出にくいのでよいと思います。この時、教員は何をするかっていうと、質問に答えたり見て回る程度で、ほとんど何もしません。この時間は先生方、耐えてください。

 このようなピアレビューをしたときに、学生からは次のような評価がありました。「文章、論文の書き方全般に有用」「良質の文章に触れて,考えを深めることができた」「自分の書く方針を立てられた」「トピックセンテンスの有効性や伝わり方の向上に驚いた」「他者の意見をたくさん聞けた」など。この「他者の意見をたくさん聞けた」というのはとても重要かと思います。あとは「意外なアイディアが出てきた」というものもあります。

 次に、これは授業全体の感想ですが、否定的な意見はあんまりありません。5000字が大変というものがありますね(笑)。あとは、教員の感想も聞きました。やることがなくて退屈だったという正直な感想もたくさんいただいておりますけれども、「教員の世界観が変わるぐらいの、思いもつかないような発想や内容が多数あった。」というものもあって、レベルが高いクラスではこういうことがあったりするわけです。あとは、「学生のライティング能力が向上した」ということですね。ピアレビューは、書く能力にいい影響を与えるということは間違いないというふうに思っております。

 では最後に、「対話の必要性」についてお話をします。対話や話し合いという言葉はあんまり最近使わなくなっていて、論議(ディスカッション)ということがよくあります。あるいはディベート。しかしこれは、語源的にも徹底的に(de)叩く(batre)ですので、結構激しいものをイメージするんですね。これらは、一応、相手を打ち負かすことを目的にしています。しかし、これは実はとても難しいはずなんですね。こんなのは弁護士などのプロに任せればいい。むしろ対話(dialog)ですね。言葉を通して意味をやりとりして、相互理解するということがまず基礎にあるはずなんです。相互理解がなくて、論議をするとかディベートをするというのはほぼ不可能です。これはきちんと用語として使い分けなければいけないというふうに思っております。論議やディベートと対話はこれ全く違うものです。対話は、お互いを尊敬する態度と、理解しようとする態度。この二つが必要です。ディベートや論議は、これらがなくてもできるんですね。

 また、対話は、マインドセットを変えることもできます。意識を少し変えるということですね。率直な意見の提示と傾聴を通して、相互に理解していくということが、生徒同士で意見を尊重することが大切と気が付くと思いますし。知識を教師から垂直に伝播して行くのか、生徒同士で水平型に伝播して行くのか。数学の授業を対話型でやってもいいんじゃないかなと私はよく思っています。わかんない生徒さんに教えるとかですね。あるいは課題を4つ出して、みんなでこれを解いてきて,四名グループで発表すると言うようなやり方もあるかと思うんですね。そうするとまあ、自分が宿題やってなかったら、ほかのメンバーが困ってしまうので、責任感を持って宿題をすると言ったこともできるかなと思っています。

 あとは、包摂的なマインドを持ってもらえることになるかと思います。これは、自分が相手を尊重することで自分も尊重されるんだということを理解するということですね。いわゆる排他的なマインドをなくしていく。知と知を結合して解決することが大切だということも理解してもらえると思います。最終的に、「みんなで分かる教育」というものの入り口として「対話」を使っていただけたらなと思います。いわゆる二項対立的な物の見方から抜け出すことにもつながります。絶対的な価値観だけで判断できないことを扱うっていうのは難しいですが、そこに面白さを感じてくれる生徒さんもいると思います。単純な問いほど難しいですね。ただ、こうした課題で対話は盛り上がると思いますが、感情論が増えるので注意が必要です。

 これは実際に扱ってみた対話の例ですが、例えば「eスポーツは、スポーツか?」がありました。戦争や人を殺すような描写のあるゲームがあるわけですが、「これはオリンピック・パラリンピックの平和尊重の概念と合わない」といった意見が出てきたりして、活発な対話が起こりました。あるいは「練習をサボった生徒を、翌日の重要なゲームに出場させるか?」など。こういった課題を準備して、対話をしてもらう授業を行っています。では、実際にどうやるかというと、まず四人組が好ましいです。三人もいいんですけれども、ベストは四人。タダ乗り、フリーライダーが出てこないということ。それと四人だと、気が合わない人がいても乗り越えられることが多い。最初は、慣れた生徒同士であっても、その日の気分を20秒ずつ話すぐらいのウォームアップを必ずしてください。これは口を湿らすためのものです。その後に対話を始めるんですけれども、模造紙のような大きな紙、あるいは大きめのポストイットなどに、マーカーで発言を書きながら進めると、発言を忘れないでスムーズに進行します。この大きな紙には、発言同士の繋がりも記入させると非常に会話がスムーズに行きます。どういうことをみんなで話したかということを記憶できるからです。この丸いダンボール「えんたくん」(三ケ日紙工)を使うのもオススメです。これも1テーマ5分程度から開始するのが適当だと思いますけれども、20分とか30分とか話すことも可能だと思います。最初は、次の授業でもまた話したいな、今日は話せなかったけど次回はもっと話そう、っていうふうに生徒さんに思わせるぐらいの時間が適当ですね。

 対話の心得は三つあります。「率直に話してみよう!」「他者に関心を持ち、よく聴こう!」そしてできれば、「新たな発見に開いていこう!」です。「率直に話してみよう!」については、思いついたら気楽に、だけど、固執しないで話しましょう。あと、演説しないでみんなが話せるように話しましょうということですね。「他者に関心を持ち、よく聴こう!」は、共感的に理解しよう、ということと、頭ごなしに否定はしない、ということですね。ここが一番重要かもしれません。否定をしてはいけません。この「よく聴く」ということは、実はメモをとることで分かります。メモしてもらえると、ここは重要なこと言ったんだなってことがわかってもらえるんですね。最後の「新たな発見に開いていこう!」は、議論ではなく相互理解なので、一緒に新たな創造ができたらいいねという、軽い気分で対話してもらいたいと思います。

 「対話の効果」としては、この対話のスキルが出来てくると、プレゼンテーションのスキルが向上します。実は学生もよくそう言ってくれます。なぜかはよくわかりませんけども、話すことが得意になっていくということかもしれません。あとは、ピアレビューも確実に良くなる。ディスカッションやディベートの土台になるというふうに言っておられる先生もおられます。それから、支援型リーダーシップの基本になるということですね。

 最終的に、「他者に伝え、他者から引き出すスキルを獲得していく」ということになります。これが対話の重要性かと思います。

第6回「まとめ(対話から創造へ)」

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