君に一盃を勧む 君辞すること莫かれ。君に両盃を勧む 君疑うこと莫かれ。…
本文(書き下し文):
君に一盃を勧む 君辞すること莫かれ。君に両盃を勧む 君疑うこと莫かれ。君に三盃を勧む 君始めて知らん、面上今日昨日より老ゆるを。心中酔う時醒むる時に勝る。天地迢迢として自ら長久、白兎赤烏相趁いて走る。身後金を堆くして北斗を拄うるも、如かず生前一樽の酒。
読み:
きみにいっぱいをすすむ きみじすることなかれ。きみにりょうはいをすすむ きみうたがうことなかれ。きみにさんばいをすすむ きみはじめてしらん、めんじょうこんにちさくじつよりおゆるを。しんちゅうえうときさむるときにまさる。てんちちょうちょうとしておのずからちょうきゅう、はくとせきうあいおいてはしる。しんごきんをうずたかくしてほくとをささうるも、しかずせいぜんいっそんのしゅ。
通釈:
君に一杯の酒を勧めよう、断らないでくれ。君に二杯の酒を勧めよう、躊躇しないで飲んでくれ。君に三杯目の酒を勧めよう、君ははじめて私が酒を勧める意を覚るであろう。人は一日一日と老いて容貌も衰え年老いてゆくことを。酒を飲んで酔っているときこそしらふの時よりはいいのだと。天地は遥か無限で長く久しいものであり、白兎の月と赤烏の日は次々と流れ去ってゆく。されば、死後に天上の北斗七星を支えるほどうずたかく金銀を積むよりも、生前に一樽の酒を楽しみ人生を過ごすにはおよばない。
出典:
『新釈漢文大系 105 白氏文集 九』85ページ
七言十五句の「酒を勧む」詩の前半9句。大和元年(827)または2年、長安での作。白居易56歳または57歳。最後は、「帰去来 頭已に白く、銭を典し将り用いて酒を買うて喫せん。」(さあ、故郷に帰ろうではないか。頭髪も既に白くなった。質草をおいて銭を借りてでも酒を買って飲もう。)と結ばれる。『徒然草』第38段に「名利につかはれて静かなるいとまなく、一生を苦しむるこそ愚かなれ。財多ければ、身をまもるにまどし。害を買ひ、わずらひを招くなかだちなり。身の後には金をして北斗をささふとも、人の為にぞ、わづらはるべき。おろかなる人の目をよろこばしむるたのしみ、又あぢきなし。」とある。