雲か山か呉か越か…
本文(書き下し文):
雲か山か呉か越か、水天髣髴青一髪。万里舟を泊す天草の洋、煙は篷窗に横たわって日漸く没す。瞥見す大魚の波間に跳るを、太白船に当って明 月に似たり。
読み:
くもかやまかごかえつか、すいてんほうふつせいいっぱつ。ばんりふねをはくすあまくさのなだ、けむりはほうそうによこたわってひようやくぼっす。べっけんすたいぎょのはかんにおどるを、たいはくふねにあたってめい つきににたり。
通釈:
向こうに見えるのは雲であろうか、山であろうか、それとも対岸中国大陸の呉の地か、越の地でもあろうか。それらしきものが見える。水と空とが、さながら青い髪の毛を張ったように、一線を画して連なっている。はるばる京都から万里もあるこの天草洋に来て今宵船どまりをすれば、おりから夕靄が静かに小舟の窓をこめて、太陽はしだいに西の海に沈んでゆく。突然、大きな魚が波間に跳ねるのを見た。見上げる空には、早くも宵の明星が輝いており、船の正面に当たって、まるで月のように明るく見えた。
『日本外史』の作者・頼山陽の作「泊天草洋(あまくさなだにはくす)」。この上巻には、大友皇子から幕末期までの作品を収めている。頼山陽の有名な作品をもう一首。「鞭声粛粛夜河を過る、暁に見る千兵の大牙を擁するを。遺恨なり十年一剣を磨き、流星光底に長蛇を逸す。」(「題不識庵撃機山図」)。「不識庵」は上杉謙信、「機山」は武田信玄。